「人生を思いのままに生きていける、圧倒的な強運を持つ人」
あなたの身近にも、そんな不思議な力を持った人はいませんか?
我が家の場合、その「引き寄せの神様」のような存在が、他ならぬ妻のお義母さんだったのです!
今回は、私(エス)たち夫婦が田舎へ移住することになった「すべての始まり」と、お義母さんが奇跡的に引き寄せた1枚の求人チラシについてお話ししていきますよ!
我が家の引き寄せの神様はお義母さん
世の中には、ごく稀に「人生を思いのままに生きていける人」や「圧倒的な強運を持つ人」っていますよね。
我が家の場合、その「引き寄せの神様」のような存在が、他ならぬ妻の「お義母さん」なんです。

これは、私(エス)たち夫婦の人生が大きく変わるきっかけとなった、だいぶん昔のお話です。
やりたい仕事がない!夫婦で過ごした平々凡々な日々
当時、妻のエムには福祉業界で「どうしてもこの仕事がやりたい!」という強い情熱がありました。
家事や仕事をこなしながら夜遅くまで必死に勉強を重ね、当時、合格率30%前後だった「社会福祉士」の国家試験を見事に突破したのです。
ところが、現実の壁は予想以上に厳しいものでした。
当時はまだ地方やその周辺地域において社会福祉士の資格需要が少なく、ハローワークに通い詰めたり求人情報誌を隅々まで探したりしても、エムが望む専門職の求人は全く見つかりませんでした。
「せっかく血のにじむような思いで資格を取ったのに……」と落胆しつつも、エムはパートで介護職を続けながら、私と二人で中都会の賃貸マンションで平々凡々と穏やかな日々を送っていました。
ここで、エムと実家の両親との関係性について少しお話ししておきます。
一言で表現するなら、まさに「超がつくほどの仲良し親子(親離れ・子離れができていない関係)」です。
かといって、決して最近よく耳にするような「毒親」などではありません。
用事がなくても毎日欠かさず電話で近況を報告し合い、実家で何かトラブルがあれば即座に飛んで帰るような、ものすごく密接で深い絆で結ばれた親子なのです。
エムは末っ子ということもあり、胸の奥底では「いつかは実家の近くに帰りたい」「両親のそばで暮らせたら一番安心なんだけどなぁ」というのがずっと変わらない願望でした。
義母からの1通の封筒…そこに眠っていた奇跡の求人チラシ
そんな平穏ながらもどこか不完全燃焼な日々が続いていた、ある日のことです。
義母から、我が家あてに一通の厚みのある茶封筒が郵便で送られてきました。
「実家から何か届いたよ」と二人で首を傾げながら封筒を開けてみると、中から出てきたのは、エムの実家(小田舎)からさらに車で30分以上離れた、隣町の「折り込み求人チラシ」が数枚でした。
「え、なんでこんな遠い場所の求人チラシを送ってきたんだろう?」と不思議に思い、すぐに義母へ電話をかけてみました。
すると、電話の向こうでお義母さんは、
『なんか新聞の折り込みに入っていたから、なんとなく気になって一応送ってみたわ〜』

と、相変わらずのマイペースな声で答えるだけでした。
「お義母さんらしい天然ぶりだなぁ」と二人で苦笑いしながら、期待もせずにそのチラシをパラパラと眺めていた、その時です。
ある1枠の求人欄を目にした瞬間、背筋にスッと冷たいものが走り、二人して思わず鳥肌が立ちました。
なんと、そのチラシの片隅に、エムが何年も探し求め、半ば諦めかけていた「社会福祉士の専門職」の求人が、ピンポイントで掲載されていたのです!

それまで求人サイトをいくら探しても見つけられなかった求人を、何千枚と撒かれる地域限定の折り込みチラシの中から無意識に引き当て、遠く離れた娘に送ってきたお義母さん。
この驚異的な引き寄せの力には、言葉を失うほどの衝撃を受けました。
私:「どうする? ずっとやりたがってた仕事だけど……まあ、実務未経験の人間をいきなり採用するなんて普通は考えにくいけどね」
エム:「実家の方だし場所も遠いよね。でも受けてみてもいいのかな? 未経験だし、どうせ採用されないとは思うけどなぁ」
お互いに「まあ受かるはずがない」「不採用で元々、冷やかし半分で記念に応募してみるか」と意見が一致。
半ばダメ元で履歴書を送り、エムは面接へ向かうことになりました。
お義母さんが奇跡的に引き寄せた、たった1枚の求人チラシ。
この時はまだ知る由もありませんでしたが、この出来事を境に、我が家の静かな運命がガラガラと音を立てて大きく動き出すことになるのです……。
長くなりそうなので、この続きは後編でお話しします!
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【ご挨拶】50代無職おじさんの田舎暮らしサバイバル記
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